あらゆるマーケティング手法を試しながらニーズを探求していくと、ユーザーを取り巻く状況やユーザーの課題感がわかってきます。
顧客への提供価値を最大化するために、既存事業の強みを活かした新規事業のアイディアを思索している人は多いのではないでしょうか。
うまくいけば既存事業とのシナジー効果を生み出し、価値提供の幅を2倍・3倍にすることが出来る。そんなプランをどうすれば作り出せるのか?Speeeの事業責任者も同じように考えてきました。
この記事では、Speeeが2020年12月に参入したウェルネス領域の事業展開を担った上野のエピソードを用いてSpeeeの事業展開で重要な2つの観点を解説します。
(※本記事は事業開発学会vol.1の上野登壇パートを基に掲載しています。)
上野 健人(30)
2016年Speeeに新卒入社。不動産売却事業でマーケティング、営業企画、事業企画など責任を拡大。リフォーム事業にて経営企画を経験後、2018年7月に事業責任者に就任。現在はリフォーム事業の事業部長を行いながらウェルネス事業の拡大を担う。
任された「領域展開」というミッション
上野が責任者をつとめる「ヌリカエ」は、リフォームなどを検討するユーザーに複数の施工業者を紹介するマッチングサービスです。安定した売上を出せるようになったとき、領域展開のミッションを任されました。
まず、上野は施工業者の対応可能工事に合わせて自社サービスの対応範囲を広げていくと、既存の関係性を活用できると考えてアイディアを出していきました。
ヌリカエのクライアントになる施工業者は、事業規模にもよりますが、庭やフェンスなどの外構工事、解体、屋根工事とセットで太陽光パネル設置、内装、水回り、リノベーションなど多種多様な業務範囲を持っています。
まず考えたのは、外構工事、空き家解体、太陽光パネル設置、内装、水回り、リノベーション、緊急水回り対応、ハウスクリーニングへの展開。全部で20案ほどありました。
次に、上野はそれらのアイディアに対して、3C分析をおこない精査していきます。顧客・競合・自社。事業展開をする市場を見極めるために、それぞれ以下の観点でフラットに評価していきました。
- 顧客:市場規模はどの程度か、ネット利用率の高まりはあるのか
- 競合:競合の成長率は。後発で勝てるのか
- 自社:既存オペレーションが転用可能か、アセットを活用できるか
上野はきちんと投資回収ができて、かつ既存事業とのシナジーが見込める市場を絞り込んでいきます。
マーケティング推進者としての基本的な分析の流れであり、それほど難しいリサーチではありませんでした。
多産多死型にしないための2つの観点
経済合理性を十分に確かめた上で、COOの田口にアイディアを話しました。しかし、あまり反応が良くない。
ここで上野は、成功すべくして成功する、つまり多産多死型ではない新規事業をつくるために2つの観点が足りていなかったと気づきます。
既存事業を超える主力事業になるか
ディスカッションを進める中でわかったことが、「既存事業を超える主力事業になるか」という視点が抜け落ちているということ。
「確かに、その考え方はなかった。しっかり黒字化する事業なら良いのでは?」と上野。
既存事業では不動産売却・査定サービスの「イエウール」が2014年サービス開始後、業界No.1を誇っています。「ヌリカエ」もリフォームのマッチングプラットフォームとして2016年にサービスを開始後、すでに業界トップクラスの実績があります。
不動産一括査定サービス「イエウール」が、東京商工リサーチ「不動産の一括査定サイトに関するランキング調査」にて、利用者数・提携不動産会社数・エリアカバー率で全て1位を獲得 | 株式会社Speee
「ヌリカエ」は、「リフォームマッチングサイトに関するランキング調査」にて、利用者数・送客数・対応エリア数・成約数(総合部門)・成約数(外壁部門)で全て1位を獲得 | 株式会社Speee
しかし、これらを超える新規事業でなければ、数億の黒字を作れたとしても既存事業に投資をした方が高い成長率を維持できるとCOO田口は言います。
事業規模が小さく成長率の低い事業を作り続けるとSpeee全社の平均売上成長率が鈍化していく。
どれだけ黒字化する新規事業を作れたとしても、未来を引きよせることをMissionにしているSpeeeにとって、高い成長率を実現する事業であるかどうかが求める水準となります。
一般的には「コングロマリットディスカウント」という概念で説明される通り、ひとつの企業でさまざまな業種のサービスを行うことは高い成長率を維持するのが難しいとされています。
ですがSpeeeはVisionにも「事業を開発する、という事業。」「「解く」の連鎖で、より大きな解決を。」を掲げている通り、そこに解決すべき課題があるなら、トレードオフが存在していたとしてもそれを乗り越えていくことに対して積極的なのです。
上野はここでSpeeeのDNAである事業開発の思想に触れることになりました。
思考や実験の「密度」は十分か
既存事業を超えるような主力事業を作るという新しいチャレンジを行う上で重要な考え方が、思考や実験の「密度」です。
(引用:https://media.speee.jp/entry/bizdev03)
Speeeで成功する事業開発は、市場のユーザーのニーズに対して深く思考し、何十回、何百回ものABテストや顧客へのヒアリングなど、さまざまな仮説検証を繰り返すことによって成り立っています。
しかし、実際にやってみると当初想定していたニーズ理解が甘い、数字の見立てが変わるといったことは少なくありません。
また、事業の成功確率を上げるためには、顧客理解を高めフィットしたビジネスモデルを作ることはもちろん重要ですが、それ以上に他社よりも高い水準でそのサービスを実現する組織能力を有していることが必要になります。
上野は、ここでそれぞれのアイディアに
- 顧客アセットが活用できる
- エース級の人材がそのまま活躍できる事業特性を持つ
- マーケティングの知見が活かせる
など、既存事業で競争優位性となっている組織能力を転用可能かを検証していきました。
この検証によって、新規事業で組織として新しく獲得する能力を絞ることが出来ます。
自分たちの強みを生かしながら、新しく挑戦する領域を制限し、そこにリソースを集中投下することで思考や実験の密度を高める。この思考法こそが多産多死ではない新規事業を実現させるのだと上野は語ります。
介護領域への展開を決めた理由
実際ヌリカエ事業では、外壁塗装に留まらず解体や水回りリフォームにも実際に進出し、2021年にはリフォーム業界全体でNo.1の成約実績を実現。
そして2020年12月には、ウェルネス事業としてSpeeeとして挑んだことがない介護領域への参入を決めます。
介護領域の顧客理解は足りない
しかし上野を始めとして、Speeeでは顧客である介護施設や介護施設を検討するユーザー(一般消費者)に対する理解は十分にあったわけではありませんでした。
なぜ介護領域への参入を決められたのでしょうか?
組織能力を活かせる領域
その大きな理由の一つは、介護業界の特性が既存事業と似ていたからです。
超高齢化社会に備えて介護施設は増えているものの、親の介護が必要な50代60代は施設探しに十分な時間を確保しづらい、様々な情報が分散し介護関連のルールや施設選びについての情報収集が難しい...。情報の非対称性が存在し、ネット利用も進んでいないレガシー業界なのです。
レガシーな業界のDXに対する考え方や課題感は「ヌリカエ」の事業経営でわかってきていました。COO田口の言う「密度」も十分で、介護にかかわるユーザー・クライアントに対して価値を届けながら既存事業を超えることができると上野は確信しました。
そうしてリリースした介護施設のマッチングプラットフォーム「ケアスル 介護」。1周年を迎えたタイミングでは、掲載数は8,000施設を突破していました。
不動産DXのSpeee、「ケアスル 介護」リリース1年で掲載数8,000施設突破 | 株式会社Speee
連続的な事業展開による社会変革を。
そのときを振り返り、上野はこう語ります。
既存事業の強み、つまり固定値を決めて成功を左右する変数を明確にする。それによってチャレンジすべきところに踏み込む。言葉にするとシンプルですが、革新的でした。
Speeeではさまざまな事業開発を任せてもらっていますが、僕が本質的にやりたいことは社会変革です。僕たちが事業を開発し続けることで、デジタル化の恩恵を受けるべき人が受けられる社会が早く訪れると良いなと思います。
事業開発の連鎖で「DXの民主化」が実現された世の中を目指していくSpeee。
ユーザーへの価値提供の幅を広げていきたいと考えるあなたの、事業展開の方法論として参考になれば幸いです。